一皿目 ゆりとはな・鶏肉と生姜のおかゆ

いきなり頬になにかが当たり、びっくりして目を覚ました。
身体中がずっしりと重たくて熱くて、頭がのぼせたみたいにぐらぐらする。
半分くらいしか開かないまぶたをこじ開けてベッドサイドを見上げたら、仁王立ちで腕組みをしたカノジョが、怒ったようなあきれたような表情で見下ろしていた。
「まったくもう、そんなことだろうと思ったけど」
「・・・ゆりちゃーん」
あ、わたし声まですごい弱ってる。
「熱は? どうせ病院は行ってないでしょ。風邪薬の買い置きあったっけ」
最後のほうはひとりごとみたいにブツブツ言いながら、さっき私の頬に押し当てたスポーツ飲料のフタを開けて、飲んで、と手渡してくる。
少しだけ身体を起こしてペットボトルに口をつけると、一気に半分くらい飲んでしまった。
「ごはんは?」
食べてないけど食べたくない。
ノロノロと首を横に振って、もう一度枕に頭を落とした。
「じゃあ寝てなさい。たくさん眠れば治るでしょ」
素っ気ないような口ぶりとは裏腹に、熱で火照ったまぶたとおでこにそっと乗せてくれた優しい手のひらがひんやりと心地よくて、私はすぐに眠りに落ちていった。

お米の煮えるあたたかい匂いでもう一度目が覚めた。
枕の上で姿勢を変えると首筋の表面がしっとりと冷たくて、寝ている間にいっぱい汗をかいたってことと、だいぶ熱が下がったみたいだってことがわかった。
寝起きのいつもの習慣でスマホを手に取ってLINEを起動したら、昨夜のゆりちゃんとのやりとりが中途半端に一方的に終わっていて、途中からは届いたメッセージが未読のまま何件も続いていた。
《どうしたの?眠っちゃった?》
《今日はちょっと元気なかったよね。風邪かな》
《おーい》
《なんか気になる。いまから行くね》
なるほど、そういうことだったんだ。ゆりちゃんてほんとすごい。
「はな、起きたのー?」
キッチンのほうからゆりちゃんの声がして、ほとんど同時に寝室のドアが開いた。
ドアノブを肘で押しながら、おぼんに乗せた一人用の土鍋を持ってゆりちゃんが入ってきた。
「熱、もう下がったでしょ。ごはん食べて着替えよう」
サイドボードに載せた土鍋のふたをゆりちゃんが持ち上げる。
ふわりとしょうがの匂いが香った。途端におなかがくぅっと鳴った。
ゆりちゃんは私の顔を見てちょっと笑って、お茶碗におかゆをよそってくれた。
「ふうふうしてよ」
「ありえない。重病人じゃあるまいし」
ちぇ、と心の中で呟きながら、渡されたレンゲでおかゆを口に運ぶ。
鶏肉としょうがの入った優しい薄味のおかゆは、風邪のときの定番なんだ。
「・・・不摂生、運動不足、寝不足。はなの風邪はいっつも自業自得なんだからね」
ぽんぽんときつい言葉を投げられてもちっとも痛くない。
ゆりちゃんはこのおかゆみたいに、いつだって本当にやさしいのだ。

<了>

※そのうちイラストが入ります。