五皿目 うみとそら・ゴーヤチャンプルー

最寄駅の改札を通りながら、空腹を知らせるスタンプをひとつ選んで送信ボタンをクリックする。
メッセージはすぐに既読になって、おつかれさま、の文字と、笑顔のアイコンが表示された。
続けて届いた《ばんごはん製作中。来る?》のことばに思わずにやけそうになって、あわてて表情を引き締める。
今日も美味しい食事にありつける予感に、おなかと心の両方がウキウキと踊り出す。
アパートのドアを開くと、あたたかい夕食の匂いが部屋中に漂っていた。廊下のキッチンに立つ彼女は、火にかけたフライパンを揺するのに忙しいらしく、こちらを見ないまま言った。
「手を洗ったら、ごはんよそってくれる?」
雑に結い上げた後ろ髪の隙間からのぞく白いうなじに、うっすらと汗の玉が浮かんでいる。
エプロン姿がなんだか人妻みたいだって思った。
小さなテーブルにはもう二人分のお箸や取り皿がセットされていた。お茶碗に炊き上がったごはんを盛り、お味噌汁をおたまでかき混ぜているうちに、彼女—うみがフライパンを持ってやってきた。
「ゴーヤチャンプルー?」
「うん。駅前のスーパーでゴーヤが安かったの」
「美味しそう。ゴーヤか、もう夏だね」
濃い緑のゴーヤ、白いもやしとお豆腐、赤みがかったお肉とにんじん、黄色い卵。
彩り鮮やかな今夜のおかずが菜箸に追われてばらばらとお皿に着地する。
うみはその上に真剣な表情で削り節を振り巻き、それが湯気にゆらゆら踊るのを確認してから、顔を上げてにっこりと笑った。
「はい、そらちゃん。どうぞめしあがれ」

夕食を終えて、壁際のクッションに背中を預けた。だらしない姿勢でキッチンに目をやれば食器を洗うあの子の後ろ姿が見える。
始めのうちは後片付けの担当を毎回申し出ていたけど、いつも決まって丁重にお断りされて、最近はすっかりお言葉に甘えている。うみ曰く、遠慮しているのではなくて単に効率の問題だそうだ。
食後に淹れてもらった紅茶をすすりながら壁の時計を見ると、いつの間にかけっこういい時間になっていた。
うみが洗い物をしながら言った。
「そらちゃん、泊まってくの?」
「んー。ちゃんと帰るー」
嘘じゃないよ。半分くらいは本気だし。
「泊まってっていいのに。明日お休みでしょ」
なんて魅力的なご提案でしょう。これから10分も歩いて寂しい自分の部屋に戻るのが、断然ばからしくなってくる。
うみはそこに畳み掛けるように、
「アイス買ってあるよ。そらちゃんの好きなやつ」
だって。
そんなの言われたら敵うわけないじゃない?
うみはずるい。女の子らしくて料理上手で、笑顔が可愛くて性格が良いなんてずるい。こちらの気も知らないで、ずるい。
「うみはさ、」
半分寝そべったまま、うみのうなじに返事を返す。負け惜しみのような逆ギレのような気持ちがそのまま言葉になった。
「うみはきっと、いいお嫁さんになるね」
洗い物をするうみの手が止まった。
水道の蛇口をキュッと閉じる音に続いて、
「だったら、そらちゃんがもらってよ」
そう言って、すぐにさっきより勢いよく水を出して洗い物を再開するうみの背中を、私はぽかんとして見ている。
これだからうみは本当にずるい。

<了>

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